文字盤の使い方
『(透明)文字盤』とは
ALS患者にとって、コミュニィケーション手段の確保は深刻な問題です。
次々と失われていく機能の内、最後まで残ると言われている「視線」を使い、コミュニィケーションを取れるのが『透明文字盤』(以下『文字盤』)です。
また、文字盤は電源を必要としないので場所を選ばず使用出来ます。
右の写真が私の使っている『文字盤』です。楽天市場のテンシルという店で50音と数字によく使う単語をA3サイズのラミネート板で作ってもらいました。
一般的な50音と数字の透明文字盤(コミュニケーションボードと表示している場合あり)は楽天市場やヤフーショッピング等のネット通販で購入出来ます。
私の入院している病院では通常、「表」側を患者、「裏」側を読取者に向けて使用していますが、逆でもかまいません。特に読取者が初心者で鏡文字や左配列50音に慣れていない場合は、「表」を読取者側にした方が良いでしょう。(便宜上、このサイトでは「表」側を患者、「裏」側を読取り者に向けて使用するものとして図等を表示しています。)
患者と介護者・看護師が『文字盤』を使いこなすことがQOL(生活の質)向上には欠かせません。
『文字盤』は、少し練習すれば誰でも使えるようになりますし、コツを掴むと、手品かと思わせる位の早さで患者と会話ができるようになります。
★慣れれば2秒に1文字程度は軽くクリアできますよ! V(^0^)
原理
『文字盤』の読取り原理(理屈)は、患者の視線と読取者の視線が一直線に成ったとき を読取者が察知し、その視線と交わる『文字盤』の文字を読取るものです。
右の図で言うと患者の目を赤、読取者の目を青としています。
読取者は文字盤を動かして双方の視線が文字盤を挟んで一直線になるところ(患者が正面の字を見ている位置)を探し、視線の交差する文字盤上の字(図では「は」)を察知するものです。
読取者が患者の視線を察知するまでを順に説明します。
@患者の顔の前に持っていくと、患者は伝えたい文字盤の字を見つめます。「は」なので上の方を見ています。
A文字盤を下げて患者が見ているであろう字を探します。
B患者が見ていると思える字(患者と視線が合うと思える字)を指さします。「は」?
C患者は読取者が指さした字が正解の時だけマバタキして読取者に知らせます。
D読取者は患者からマバタキがあったので指さした字「は」が患者の伝えたかった字だと分かります。
患者は次の伝えたい字を見つめます。@に戻ります。
この原理を理解し、患者の視線が真正面になるように文字盤を動かすコツを知ることが、文字盤読取りには欠かせませんし、上達への近道です。
ポジション
原理から必然的に読取者のポジションは患者の顔と真正面に向き合うことになります。
患者を赤、読取者を青で示します。右側のポジションは患者の眼球が正面を向いていることが判断しにくいのでよくありません。
ベッドの患者には
そうは言っても現実にはベッドの中央に仰向けになっている患者の顔に、ベッドサイドに立つ読取者の顔を真正面に向い合せることはかなり無理な体勢を強いることになります。
またオーバーテーブルやテレビが邪魔になる場合がありますが、患者に声を掛けて邪魔にならない位置まで移動させてもらいましょう。
体勢的に「これはキツイな〜」と感じる前に、患者に声を掛けて顔の向きを少しだけ左(右)に変えてもらいましょう。体勢が楽になります。
患者の使い方
まず、伝えたい言葉を思い浮かべます。
ここでは「はじめまして」と伝えたいとします。
「はじめまして」と伝えるには「は」から順番に文字盤の字を見続けて、読取者が伝えたい字を指さしたときにマバタキの合図を送りその字が正しいと伝えます。
伝えたい字と違う字を指さされた時はマバタキしません。
下記【読取者の使い方】の下に患者と読取者が「はじめまして」と伝える具体的例を示します。
黄色の●は患者の見続けている場所です。
読取者の使い方
読取者は文字盤を挟んで患者の顔と真正面に向き合うようにします。
文字盤越しに患者の眼球の向きを確認し、文字盤を上下左右に動かして患者の眼球が正面を向くようにします。
患者が見ていると思われる字を指さします。患者からマバタキがあればその字が伝えたい字だと分かります。
マバタキがない時は違う字なので先程とは違う字を指さします。
マバタキがあるまで繰り返します。
読取者を背後から見た図の方がイメージしやすいかもしれません。
患者の使い方 | 読取者の使い方 |
---|---|
患者は伝えたい最初の字「は」を見ると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「は」を見続けます。 | 患者の眼球の向きは上向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を下に動かします。 | |
読取者が「は」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「は」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「は」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「し」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「し」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると左やや下向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を右やや上に動かします。 | |
読取者が「し」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「し」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「し」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「゛」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「゛」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると右向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を左に動かします。 | |
読取者が「゛」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「゛」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「゛」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「め」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「め」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると下やや左向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を上やや右に動かします。 | |
読取者が「へ」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「へ」を指さします。 | |
指さされた字が伝えたい字と違うので患者はマバタキせず、「め」を見続けます。 | 指さした字がマバタキを得られなかったので「へ」は違う、再度眼球の向きを確認し「め」を指さします。 |
マバタキの合図が無いので、読取者は(文字盤を上下左右に動かし)違う字「め」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「め」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「ま」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「ま」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると上向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を下に動かします。 | |
読取者が「ま」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「ま」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「ま」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「し」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「し」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると左やや下向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を右やや上に動かします。 | |
読取者が「し」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「し」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「し」が伝えたい字だと分かりました。 |
患者は次に伝えたい「て」に視線を移動させると、読取者は文字盤を上下左右に動かしますが、患者は「て」を見続けます。 | 患者の眼球を見ると下やや右向きです。 |
患者の眼球が文字盤の字を正面に見るまで文字盤を上やや左に動かします。 | |
読取者が「て」を指さします。 | 患者の眼球は正面を見ています。 |
患者が見ていると思われる字「て」を指さします。 | |
指さされた字が正しいので患者はマバタキします。 | 患者からマバタキの合図があるので「て」が伝えたい字だと分かりました。 |
読取者へのヒント
患者の眼球が正面の字を指さしているつもりでもマバタキしてもらえない時は次のことをお試し下さい。
文字盤を近付ける
文字盤を患者の顔に近付けると眼球の動きが分かりやすくなります。
例えば患者の顔から20pの文字盤では眼球が正面を向いているように見えますが、10pまで近付けると眼球が少し右を向いていることが分かりました。改めて眼球が正面にくるようにします。
- 文字盤を患者の顔から20pの距離
眼球はほぼ正面を見ているように見えます。 - 患者の顔から10pまで近付けると実は少し右を向いていることが分かります。
- 改めて文字盤を左に動かし眼球が正面にくるようにします。「め」で正面にきました。
このように文字盤を患者の顔に近付けるほど眼球の動きが大きくなり、読取者は読み取りやすくなりますくなりますが、反面眼球を大きく動かす患者の目の筋肉は疲れます。
一般的には文字盤との距離は患者が文字盤全体を見渡せる距離(文字盤の大きさにもよるがA3なら20p−30p)だと思います。
患者が疲れず読取者が読み取りやすいちょうどいい距離を見つけて下さい。
行(列)毎に
上記の図では説明上、左右の目の中間点に「視線」が有るような図になっておりますが、実際にはお互いの「利き目」「眼鏡」その他の癖などで、中間点から多少ズレたところに有ることも多く、読取者はそのズレを修正しながら患者の見ている字を見つける必要があります。
ちゃんと眼球が正面になる文字盤上の文字を指さしているつもりなのに患者からマバタキの合図を得られない時は、ズレが有ると考え次の方法をお試し下さい。
- マバタキは得られないが自分には眼球が正面に見える字の周り+1か2字程度の範囲内(下図〇)にターゲットはあると考えます。
- 先程の範囲内の端から「この列(行)?」と患者に聞きます。
マバタキが無いのでこの列(行)にターゲットはありません。 - 次の列に移り「この列?」と聞きます。
- マバタキがあったのでターゲットはこの列にあります。
- 列内で最初に当りを付けた範囲〇の端から指さしていきます。
マバタキが無いのでこの字ではありません。 - 列内で次の字を指さします。
- マバタキがあったのでターゲットは「め」だと分かりました。
このように列(行)から範囲を絞り込むことを繰り返すうちに、どの方向にどの程度のズレがあるのか分かってきます。ズレが分かれば読取に反映出来ます。
NG
ここでは患者の立場から、コミュニケーション(読取)に支障があるので、しないで欲しいことを述べます。
「ぱー」はダメ!
読取者により文字盤を指さすのに使う指は様々です。
人差し指か中指を使う方が多いですが小指の方もけっこういます。
患者としてはどの指を使ってもらってもかまいませんが、(じゃんけんの「ぐー」から)立てる指は1本だけにして下さい。
指を広げ「ぱー」の形で人差し指や中指だけを少し曲げ文字盤を指さされても、患者はどの字を指さされたのか分かりにくいのです。どの字が指さされたのか分かれなければ、マバタキの合図を出しようもありません。
下図は人差し指で指さしたところを患者から見たイメージです。どちらが見やすいか一目瞭然だと思います。
先読みはダメ!
読取者が文字盤に慣れてくると患者が字を見るよりも先に単語や「が」「も」「の」「を」等の助詞を読み上げてしまいがちです。その単語や助詞が患者の伝えたい言葉なら良いのですが、違うことも多々あります。
単語が違えば患者の伝えたいことが伝わらないのは当然として、助詞が一つ違っても意味が分からなくなります。
例えば「みぎあしのうらをかいて」と伝えたいとします。
「みぎあし」まで読んだところで「右足を」や「右足が」と先読みされたら先に進めません。
患者が気を利かせて「を」や「が」を無視しても「右足をのうら」「右足がのうら」となり意味が分からなくなります。
私は文字盤に「初めから」の枠を設けていますが、先読みする人は2度3度初めからやり直しても同じ単語や助詞で間違えてなかなか先に進めません。
ですから読取者の方には先読みせず最後の一文字まで患者の視線と交わる字を読み取って欲しいのです。
注意
メモと復唱
読取者は読み取ることに夢中になり前に読み取った字を忘れてしまうことがあります。また、長いひらがなの羅列から伝えたい内容に変換するのはある程度経験を要します。
ですから初心者の方はメモを取りながら進めましょう。文字盤を指さした(タッチした)字をWindowsPCやスマートフォンに送ってくれるワイヤレス透明文字盤「みてタッチ」 | テクノツール株式会社もあります。
そして最も重要なのが読み取った内容を復唱して間違えて伝わっていないマバタキを得ることです。
「さ」と「ち」
文字盤によっては裏側から字を見ると「さ」が「ち」に「ち」が「さ」に読めてしまいます。ゴシック体のようなフォントには気を付けて下さい。私の文字盤では「さ」「ち」をカタカナの「サ」「チ」に変えています。
「は」の読み
「は」をHAと読むかWAと読むかについては前後の意味から判断するしかありません。文字盤をカスタマイズするなら「は(WA)」の枠を追加するのも有りかもしれません。
マバタキ2回/3回
患者と読取者双方の同意が前提ですが、濁音をマバタキ2回で表す方法もあります。例えば読取者が「は」を指さしたときに患者がマバタキ2回すると「ば」だと分かり、「は」と「゛」2回読むところが1回で済みます。
同様に半濁音はマバタキ3回で表します。読取者が「は」を指さしたときに患者がマバタキ3回すると「ぱ」だと分かり、「は」と「゜」2回読むところが1回で済みます。
少しでも読取を早くしたい方はお試し下さい。